いのちの数の多さが変えた、価値観。
川湯観光ホテル 中嶋 康雄さん
20歳の帰郷。圧倒的な風景の中で入った「心のスイッチ」。
かつては実家のホテル業を継ぐことに反発し、東京へと離れていた中島さん。転機が訪れたのは20歳の時でした。釧路空港から自ら車を運転し、国道391号線を北上して川湯へと向かう道中。緑のトンネルを抜け、視界がぱっと開けた瞬間に飛び込んできた硫黄山などの圧倒的な風景に、彼は言葉を失いました。「この景色の中に、いくつの命があるのだろう」。そう直感した瞬間、彼の中で何かが弾け、確かな「スイッチ」が入ったと言います。当たり前だと思っていた酸性の強い温泉や雄大な自然が、一度故郷を離れたことで全く違う価値を持って迫ってきた。その原体験こそが、川湯の魅力を深く掘り下げ、訪れる人々に伝えようとする現在の情熱の源泉となっています。

点と点が繋がる面白さ。手作りの紙芝居に込めた想い。
「台湾からの視察団が来ることになり、ただ案内するだけではもったいないと特急で紙芝居を作りました」と振り返る中嶋さん。カルデラの形成、摩周湖の誕生、そして川湯温泉と硫黄山の歴史。それまで厚い本の中にしかなかった断片的な情報が、ビジュアルとして繋がりを持ったとき、海外のゲストだけでなく地元の人々をも深く驚かせました。明治5年頃まで和人が住んでいなかったこの地で、アイヌの人々が着火剤などとして利用していた硫黄。その硫黄を採掘するために道が拓かれ、鉄道が敷かれ、馬が集まり、やがて人が集って川湯の町が形成されていったというダイナミズム。ただ過去を語るのではなく、現在私たちが享受しているこの環境がどのような奇跡の連続で成り立っているのかを、彼は絵と語りを通して生き生きと伝えてくれます。


VRには代えられない、アナログな対話が宿す熱量。
デジタル化が進む現代にあって、中島さんはあえて「紙芝居」というアナログな手法を大切にしています。「VRで過去を疑似体験するのもいいけれど、お客様からは『紙芝居の方がいい』と言っていただけます」と微笑みます。それは、画面越しでは決して伝わらない硫化水素の匂いや、人と人との間に生まれる生きた対話があるからに他なりません。フロントなどでの何気ない会話から歴史の奥深さへと引き込まれ、「勉強になって、楽しかった」と満面の笑みで帰っていく参加者たち。町を取り巻く宿泊施設などの環境が変化していく中でも、大地の記憶を紡ぎ、目の前の人と心を通わせる中島さんのそのアナログな熱量こそが、川湯の再生と未来を力強く照らす希望の灯火となっています。

